2012年12月25日火曜日

助産の教科書に描かれたお産姿勢

こうして本格化し始めた産婆養成教育が、国の強力な後押しによって全国に急速に広がっていくのは、二〇世紀に入ってからで、一八八六(明治一九)年に三校、一八九六年に一六校、一九〇六年に五一校、明治末には一〇九校となり、大正期に入って設立されたものも、また多数ある。これらの養成所には、前に述べたような事情により、いきに訂い未婚の、しかもはじめてお産を学習する若い女性が集まることとなった。

こうして一九世紀末まで、いわば家族や隣人同士の互助的領域を出なかったお産は、二〇世紀に入ると、政府の熱心な産婆養成の後押しを受け始めた。それは、ただ西欧追随一辺倒のこれまでの政策から、日清日露両戦での勝利を通じて、自国の富国強兵政策を本格的に進め始めたことと強く関係している。それまでのように、素人で経験だけを頼りにした女性に助産を任せていては、「強い少国民」の再生産に危険であると判断し、なるべく早く初歩的な近代医学知識を身につけた新しい産婆を全国に配置しようと意図したのである。

一八九九年、国は「産婆規則」を制定し、それまで医制(一八七四年)によって、「産婆は四〇歳以上の女子で、平産一〇人難産二人の出産を扱ったもの」と定めていたのを、産婆試験に合格し、年齢二〇歳以上(第一条)と改めた。さらに、産婆試験は「一年以上産婆の学術を修業したるもの」に限定し、その後一九一〇年、一九一七年、一九三三年の改正によって、それぞれ内務大臣の指定した国内および朝鮮、台湾の、学校・講習所を卒業したものには、無試験で産婆資格を与えることとした。ここに日本の助産歴史上はじめて、体験からではなく教育機関で学んだ女性たちが、助産を担うこととなったのである。

さらに、この時、助産の教科書に描かれたお産姿勢が、仰臥位であったことは注目に値する。これまでの書物にあらわれた出産の図は、ほとんどすべて坐産であったのに、これ以後、新しい産婆に伝えられる出産姿勢は仰臥位となり、仰臥位が正統な出産姿勢として定着することとなった。だが、こうして養成された新しい産婆(新産婆、あるいは西洋産婆と呼ばれた)たちは、すぐさま世間の人々に受け入れられたわけではなかった。まず第一に、助産に限らず、当時専門家といわれる人々は、体験を規準として認識されていたからである。

例えば大工の棟梁は、自分で実際に木を切り、乾燥させ、家を建てる経験を、自分の棟梁について何度もみよう見まねで実体験し、それを何年も続けた後に自分らしい工夫も重ね、棟梁となった人ばかりであった。したがって、様々な木の持つ性質とか、耐久性、乾燥の適正度、また屋根の勾配の具合いなど、打てばひびくように脳裏にえがくことができた。実際にそのような人に建ててもらえば、長い間住みやすかった。

しかし、従来のとりあげ婆さんのような実体験を持たない若い新産婆たちには、体験が不足していた。助産のための学問を少しして、衛生知識や消毒方法を知ったからといって、急にその道の専門家として産婦から信頼を得ることなど、難しいのは当然であった。第二には、当時、まだお産は「自分が産むもの」と産婦自身に、あるいは周囲の人々に考えられていたことも大きな要因であろう。

2012年9月19日水曜日

基本的な道具のこと

ものごとについて、その名まえをたしかめるというりは子どもっぽいといえば子どもっぽいしごとのようにきこえるが、とにかく、ひとつひとつのことばを知らなければ、なんにも書けない。たとえ。なにか書けたとしても、ことぱを知らないと、ずいぶんあやふやなことになる。そして、いくら考えたって、ことばを勝手に発明するわけにはゆかないから、どうにかして、ことばを知る手段をととのえなければならない。

前節にのべたように、いちばんいい方法は、よく知っている人にきくことである。照れたり恥ずかしがったりせずにきく。しかし、知っている人がいないこともあろうし、また、きいてみたが、たんとなく心もとない、ということもあろう。そういうときは、じぶんで、ことぱをしらべなければならぬ。そして、しらべるために、いろんな道具がある。

まず第一は、辞書である。もっとも辞書というものは、どちらかといえば、文章を読むときのほうが使う回数が多い。本を胱んでいて、あたらしいことばにぶつかったとき、これはどういう意味だろう、とひいてみる。そういうときに辞書は便利だし、おおむね、辞書というものは、そんなふうに使われている。しかし文章を書くときにも、はたしてじぶんの使おうとしていることぱが適切であるかどうかをたしかめるために、国語辞典を一冊、手もとにおいておくことは絶対必要な条件だろう。

どこの出版社のどの辞典がいい、といった判定や推せんは、ここではしない。また、わたしにはその能力もない。しかし、われわれがふつうに使うのには、小型の辞書でじゅうぶんだ。大きな辞典のほうがボキャブラリーの数は多いし、定義もゆたかでくわしいから、より完全にはちがいないが、たとえていうなら、それはプロ用のスタジオーカメラのようなものであって、それがアマチュアの実用に便利かどうかは別問題だ。アマチュアのカメラは小型で機動性に富んでいて、安い、というのが条件なのである。

とりわけ、いたるところで必要におうじて辞書を使う、ということになれば。カバンのなかにポソといれておくことのできる大きさがなにかにつけてぐあいがよい。もちろん書斎用に大型の辞典をもつ、というのは結構なことだけれども、そのばあいでも、べつに小型版を一冊もっていることが必要だろう。

2012年8月7日火曜日

地元の根室市は猛反発

根室地方行政合同庁舎の中に入る根室支局は、職員4人。地域の登記業務のほか、北方四島の土地・建物の登記簿や台帳を保管している。第二次大戦の末期に旧ソ連(ロシア)に島を占拠された際に、各島にあった登記などが一時的に根室に運ばれたためだ。

釧路地方法務局によると、根室支局では土地登記8322筆(厚さ約5センチのファイルで182冊)、建物登記1921筆(同59冊)、昭和20年当時の島民の戸籍書類の一部などが書庫に保管されている。

現在四島には行政権が及ばないため、これらの登記は記載内容の変更ができない。しかし、昭和45年に出された法務省通知を根拠に、土地建物所有者や家族からの申し出があれば、登記簿に付記するような形で、相続関係を明確にするための手続きが行われている。

そのため、根室支局の存在が、四島に住んでいた住民や子孫にとって、故郷での権利を主張するよりどころとなってきた経緯がある。

廃止計画が打ち出されたのは昨年3月。事務処理件数が少ないことを理由に根室支局を廃止し、登記簿などは、約100キロ内陸の中標津(なかしべつ)出張所に移されることが、釧路地方法務局から地元に伝えられた。

国は行政改革の取り組みの一つとして平成19~22年度までに、全国で550ある同様施設のうち、120カ所を減らす計画を打ち出しており、根室支局もその対象になった。

これに対し地元の根室市は猛反発。「根室支局は、北方領土返還要求運動原点の地で、国家の主権と尊厳に係る領土問題の一翼を担っている法務局である」と、存続を訴えている。市の北方領土対策・企画政策課では、「年内にも廃止される可能性がある。市長が上京する機会をとらえ、国にも存続を働きかけていく」と危機感を募らせる。

登記事務にかかわりの深い日本司法書士会連合会も、総会で存続を求める決議を行った。決議では「廃止は単に行革の視点のみの判断であり、これが日本の姿勢としてとらえられればロシアに誤ったメッセージを伝えることにもなりかねず、日本の国益を大きく損なう結果となる」と訴えている。

当初、釧路地方法務局は今秋にも廃止計画を実行に移したい考えを伝えていた。しかし、国益を訴える地元の要請に、現地点では「『検討中』としか言えない」(釧路地方法務局総務課)とコメントしている。

2012年7月9日月曜日

銀行賞与に上限を設ける

日米欧と新興国の主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が4日夜(日本時間5日未明)、ロンドンで開幕した。金融危機の一因とされる銀行の高額報酬の抑制方法をめぐり、米英と仏独が激しい火花を散らしている。国際金融センターの地位を守りたい米英と、米英型金融資本主義こそ危機の元凶とみる仏独の思惑が対立しているからだ。

4月にロンドンで開かれたG20金融サミット(首脳会合)では主要国の財務省や中央銀行、国際機関などでつくる金融安定化フォーラム(FSF)の「健全な報酬慣行に関する原則」を実施することで合意した。

米英、仏独とも「リスクを省みず短期利益の追求に走ったトレーダーのツケをどうして納税者が払わなければならないのか」との国内世論の批判を浴び、高額報酬の抑制という総論では一致しているものの、方法論では対立している。

ドイツは、ストックオプション(自社株購入権)行使を4年後とする規制を盛り込んだ役員報酬制限を法制化。フランスもトレーダーの賞与に上限を設け、課税を強化する方針だ。サルコジ仏大統領は「賞与をめぐるスキャンダルに終止符を打つ」と述べ、今月下旬、米ピッツバーグで開かれるG20金融サミットの声明に盛り込みたい考えだ。

ロンドンの国際金融街では、優秀な人材を確保するため一部ではすでに高額報酬が復活している。ブラウン英首相は英紙フィナンシャル・タイムズとのインタビューで、「賞与は短期の投機的な利益ではなく、長期的な成功に基づくべきだ」と述べ、あとで成績が悪化した場合は報酬を返還させるべきだとの考えを示した。

英紙デーリー・テレグラフによると、ダーリング英財務相はこの期間を5年とする案を今回の会議で提示し、仏独と調整を図っているという。米英とも、銀行賞与に上限を設けるフランス案は金融機関の活力をそぐとして「実施は困難」と消極姿勢を示している。

2012年7月4日水曜日

官房長官は内閣のスポークスマンの役割

16日にも発足する「鳩山新政権」は、党務を「小沢幹事長」が、内閣を鳩山代表側近の平野博文役員室担当が官房長官となって仕切るという「両輪」が見えてきた。

鳩山氏は4日、党本部で記者団の質問に、社民、国民新両党との連立協議が進行中であることを理由に平野氏の官房長官起用を認めなかったが、平野氏の能力は高く評価した。

「鳩山氏に何があっても支え続ける」と語る平野氏は、松下電器産業労組出身。旧社会党の中村正男元衆院議員の秘書を務めた後、1996年の衆院選で無所属で初当選した。電機連合の支援を受けている。

2006年の前原誠司代表(現副代表)当時、「鳩山幹事長―平野総務局長」のコンビで偽メール問題への対応に奔走した。小沢代表(現代表代行)の下では「鳩山幹事長―平野幹事長代理」となり、二人三脚で党内を切り盛りした。党内では「平野氏は官房長官になる」との見方は少なくなかった。

その一方、小沢氏周辺からは「平野氏は出しゃばりすぎだ」との声も漏れていた。「平野氏が鳩山氏を囲い込んでいて、鳩山氏と小沢氏の連携がうまくいかない」という不満で、これが「平野官房長官」の実現を妨げているとも言われた。

しかし、鳩山氏の幹事長就任要請を小沢氏が快諾、閣僚人事を鳩山氏に任せるとの考えを伝えたことで、鳩山氏側は「平野氏の官房長官起用の障害はなくなった」と判断したようだ。実際、小沢氏に近い党幹部は4日、鳩山氏から電話で平野氏の官房長官起用を伝えられると、「それでいいですよ」と太鼓判を押した。

衆院選の圧勝で勢いに乗る鳩山氏だが、足元は万全とは言い難い。公設秘書による架空の個人献金の虚偽記載問題は、報道各社の世論調査などで「説明責任を果たしていない」などと批判されている。自民党は国会審議で追及する構えを見せている。

平野氏の起用には「今後のピンチに備え、世間的には無名でも、信頼できる人物を使った」との見方がある。また、官房長官は官房機密費を扱う立場であることから、「党のカネは小沢氏に委ね、鳩山氏側が自由に使える資金を残すすみ分けをした」との受け止めもある。

ただ、民主党は「政府・与党の一体化」を掲げており、党と政府のすみ分けが進み過ぎれば目標と逆行する。小沢氏側と平野氏側の連携は、新政権の重要な課題となりそうだ。

官房長官は内閣のスポークスマンの役割のほか、国会対策や閣内の政策調整なども行う。首相の側近だが実力は未知数という「中量級官房長官」(ベテラン)が、どれだけ重責をこなせるのか。鳩山氏は4日、記者団に、首相の下に設ける国家戦略局(室)の担当閣僚に政策調整を任せ、「官房長官には国会との間のスムーズな運営を心がけるのが大きな役割」と語った。

2012年7月3日火曜日

遺言で気をつけること

自筆証書遺言は紛失する恐れや、だれかに変造される恐れもある。遺族が遺言書の存在を知らずにいると、遺言書を見つけてもらえない場合もある。

「信頼できる家族や友人、弁護士を遺言執行者とすることを遺言書に書き、執行者に保管を依頼するか、保管場所を教えておく方が安心です」と大橋さんは言う。

遺言がトラブルのもとになることもある。メールや電話で遺言の相談を受けているNPO法人遺言相続サポートセンターの理事長、本田桂子さんは、「日付がないなど形式の整っていない遺言書を残して、かえって遺族が混乱するケースも少なくありません。間違いのないようにしましょう」と指摘する。

遺言はまず、戸籍謄本や土地の登記簿など資料を集めて、家族の名前や自分の財産を正確に把握するところから始めるよう助言する。

名前の漢字や土地の広さなどを、思いこみで間違って覚えていることもあるからだ。金融機関の名前も、合併で変更されている場合があるので、現在の金融機関名や支店名を確認しておきたい。

2012年6月19日火曜日

性別変更を認める法改正の実現

司法統計によると、04年7月の法施行から08年までに性別変更が認められたのは1263人。GIDの診察経験が豊富な「はりまメンタルクリニック」(東京都)の針間克己院長は、性別変更のための診断書を書いた268人(05~09年)のうち国内で手術を受けた人が65人(約24%)にとどまったと報告。

中でも08、09両年はそれぞれ2割を切っていた。国内では手術を実施できる病院が数カ所に限られ手続きに手間がかかることや、保険適用外のため手術費が高額になることなどが理由だという。

一方、タイで手術を受けた椿姫さんは「国内は症例数が少なく、医師にさえ珍しそうな目で見られるのが嫌だった。タイの社会ではGIDが自然に受け入れられているので、精神的な負担の軽さも考慮した」と選択の理由を語った。

手術を受けることを性別変更の条件にしていることにも意見が相次いだ。手術をしていない野宮さんは「体をどうしたいのかという点でも、当事者の有りようはさまざま」。針間院長は「例えば女性の場合、ホルモン療法による男性化だけで支障なく暮らせていた人たちが、戸籍を男性に変えるため、さらに子宮や卵巣まで摘出するケースが増えた。医師の倫理として疑問を感じる」と指摘した。

また、野宮さんからは「戸籍の変更が無理だとしても、住民票やパスポートといった個人の身分の識別に使う書類は、生活上の実態に即した性別で発行されるべきではないか」との問題提起もあった。

弁護士であるGID学会の大島俊之理事長は「現に米国や豪州ではそのような形でパスポートが発行されている。治療開始から性別変更までは何年もかかるので、移行期間にある人を救うためにも必要な措置だ」と賛同したうえで「高額な性別適合手術を保険適用にすることと、未成年の子がいる人でも性別変更を認める法改正の実現に向けて、更に運動を進めたい」と力を込めた。

2012年6月8日金曜日

葬儀に関することを遺言書に書く人もいるが

遺言を書く高齢者が増えている。ただ、間違った書き方をして、かえって親族間のトラブルのもとになる場合もある。専門家は「遺言の役割を理解し、正しく作成したものを残しましょう」と話す。

横浜市の葬儀会社が8月に開催した「遺言書作成セミナー」。定員30人のところ200人が申し込む盛況ぶりで、中高年の男女が、自筆で書く遺言「自筆証書遺言」の書き方を学んだ。参加者の60歳代の男性は「要領がつかめました。自分で書いてみてから、プロの人に見てもらおうかと考えています」と話していた。

セミナーの講師を務めた司法書士の大橋恵子さんは、「自筆証書遺言は、費用がかからず、作成から保管まで自分一人ででき、いつでも書き換えられます。こうした手軽さから、書いてみたいという人が増えています」と話す。
遺言を書く書かないは本人の自由だが、大橋さんは「子どものいない夫婦は、書いておくことを勧めます」と話す。子どもがおらず、夫の両親もすでに死亡している場合、夫が亡くなったとき、夫の兄弟姉妹にも法定相続分が認められるからだ。

ただし、遺言で妻に全財産を残すことができる。遺言がないために、残された妻と、普段付き合いのない夫の兄弟姉妹の間でトラブルになることがよくあるという。

自筆証書遺言の作成は、

①全文自署であること(ワープロはダメ)

②氏名の記載

③日付の記載

④押印

が必要だ。この形式が整っていないと無効になってしまう。また、「付言事項」として、遺言の内容についての説明を書くことができる。書き上げたら封をして、遺言書在中と書き、封に割り印をして、しまっておく。

葬儀に関することを遺言書に書く人もいるが、葬儀前に開封されることはまずないため、葬儀については遺言書ではなく別の書類に書いておいた方がいい。

2012年5月23日水曜日

アメリカでの政治の戦いのなかにマナーがある

アメリカの二大政党について、その特徴や成り立ち、実際に政党活動を支える「キャプテン」などの活動家の姿、アメリカの政治のなかに占めている政党の意義、あるいは歴史上の傾向や最近の様子などについてふれてきた。詳しい歴史上の経緯にこだわるというよりは、できるだけ公式論を避け実際の様子を見ることに力をさいたつもりだが、時代の波にもまれながら変貌をくり返し、民意の反映という民主主義の基本の任務をにない続けている政党の生態が、少しでも明らかになったとすればさいわいである。

政党がその任務をはたそうとするなかで、一見して腐敗に相当すると思われることも多く行われていたし、義理と人情の人間的なつながりのなかでものごとが動いている部分もあった。その意味でアメリカの政治だけが特別なのではなく、具体的な細部については日本の様子などとも似かよっていたし、おそらくは世界中の政治が似たようなたてまえと人間的な欲望の葛藤の中にあると思われる。

ただ、日本やヨーロッパの政治の世界では、さまざまな立場や主張をかかえたたくさんの政党が並立するということが普通ではなかろうか。そしてたいていの場合には、政権も複数の政党が協力して担当するという連立政権が見られる。実質的に二つの政党しか存在できないというアメリカのありようは、やはり世界的に見ても特異な姿であろう。

その特異性は、ほかの政治の制度のもとでは見られない特徴をもたらす。たとえばボクシングの試合では相手を徹底的に打ちのめし、相手がふたたび立ち上がれないようならば勝ちだが、似たようなことは世界の権力闘争の場でおこなわれてきた。場合によってぱ血の粛清などという、人命が問題となるような政争も頻繁におこっている。

ところがアメリカの共和党と民主党の戦いでは、相手を徹底的なかたちで打ちのめしてしまうことは許されない。たとえ行政府をあずかる与党になったとしても、政治権力などを利用して野党となっている反対政党の力をつぶすことはタブーである。

なぜタブーかといえば、次回の選挙ではまた相手と戦うことが期待されているからである。野党の力を徹底的に弱めてしまったとすると、政権交代というアメリカの政治の姿の基本がなくなってしまう。そのためには相手にも力を温存させておかねばならない。したがってここで行われる「権力闘争」は、ある程度のマナーをわきまえた紳士的な戦いとなる。

アメリカでの政治の戦いのなかにマナーがあるのは、双方に基本的な了解事項が成立しているからでもある。共和党も民主党も互いに了解している国民的なコンセンサスというのは、おおよそ次のような事がらであろう。一つは合衆国憲法を保持するということについて、双方に異論がないということである。現在のところアメリカの憲法を変えようとか、あるいは廃止しようという意見は、共和党や民主党だけではなく社会に皆無といってよい。したがってすべての政治上の争いは、憲法の枠組みのなかで行われるという暗黙の了解がある。

もう一つの了解事項は、資本主義の制度にたいするおおまかな肯定であろう。制度にたいするいろいろな文句が出たり、実際に修正を加えることぱあっても、これを根底から否定しようとする者はこれまた皆無に等しい。そして最後にあげるべ支二番目の社会的なコンセンサスは、政府のあり方と権力の交代のしかたについてである。政党による「革命」や、大統領と合衆国議会との関係などについても、いろいろな問題点は指摘されながらも、これを完全にくつがえしてしまえという意見は見られない。

アメリカ以外の多党政治を持つところでは、そもそもこのようなコンセンサスが存在していない。そこで数ある政党のなかには、現存の制度や国家のあり方を肯定する政党もあるが、政治上の基本のルールに反対したり、国家の制度自体に疑問をさしはさむ政党もあり得る。たとえば国家の憲法自体を否定する政党などというのも考えられる。そして日本にはさすがにないが、政治上の立場のちがいゆえに暴力沙汰が生まれる国もある。

しかしアメリカ型の紳士的な「大政翼賛」に近い政治のシステムが良いことで、私たちもその特異な制度に見習わねばならないのか、ということについては疑問が残るところである。アメリカにはアメリカ特有の風土と「アメリカン・ライフスタイル」への国民的な肯定の気持ちがあるからこそ、現在のような政治のしくみができあがった。

風土の異なる日本では、むしろ多党並立型の政治のシステムがかえって健全なことなのかも知れない。それとも「ジャパニーズ・ライフスタイル」を保持するための二大政党制度が望ましいことなのだろうか。

2012年5月16日水曜日

広がる仏像人気

今、仏像が熱い。3月31日から6月7日まで東京・上野の東京国立博物館平成館で開催されていた「国宝 阿修羅展」(朝日新聞社ほか主催)の入場者は90万人を超え、阿修羅像をはじめとする仏像を扱った雑誌や書籍の完売・増刷も相次いでいる。今、なぜ仏像なのか。

「(仏像好きの)層が広がっている」と語るのは「一個人」(ベストセラーズ)の編集長、高橋伸幸さん。「一個人」は公称15万部で、「永久保存版特集・仏像入門」と題して、その歴史や鑑賞の基本などを掲載した6月号は創刊後、初の増刷となり18万部を超えた。これまで仏像好きと言えば中高年層が中心だったが「アンケートはがきには、17歳の女子高校生からのものもあった。モデルのはなさんのエッセイ『ちいさいぶつぞう おおきいぶつぞう』(幻冬舎文庫、2006年)に代表されるように、仏像人気は若年層にも確実に浸透しているようだ」と話す。阿修羅像に魅せられた女性たちが一部で「アシュラー」と呼ばれ、仏像好きの女性が「仏像ガール」を名乗るなど、これまでの仏像好きのイメージとは明らかに異なる人々が目立つのも、今回の人気の特徴だ。

「仏像鑑賞がポピュラーな趣味になった」と話すのは「奈良興福寺 阿修羅」などの「魅惑の仏像」シリーズを刊行する毎日新聞社出版局の永上敬さん。「魅惑の仏像」シリーズは01年の刊行だが、昨今の仏像人気を受けて増刷が続いている。「みんな実は仏像が好きだったのかもしれない。でも非常に専門的な世界なので、なかなか好きだと口に出せなかった」。ところが、1993年から刊行されている作家のみうらじゅんさんといとうせいこうさんが全国各地の仏像を独自の観点から鑑賞する「見仏記」(角川文庫)シリーズ以降、「誰でもキャラクターとして仏像を楽しめるようになり、趣味として認知され始めたのではないか」と分析する。

普段は見られないところまで 展示会の工夫

展示会の工夫も見逃せない。昨年11月1日から今年5月10日まで大阪・東京・福岡で開催された「国宝 三井寺展」(毎日新聞社ほか主催)は約21万人の入場者でにぎわった。大阪会場となった大阪市立美術館の研究副主幹・石川知彦さんは「これまで厨子(ずし)の中に(仏像を)安置したままの展示が主だったが、近年は寺院のご厚意で、厨子から(仏像を)お出ししてご覧いただけるようになった。結果、背面や側面にも参加者が回れるように主催者側で工夫することが多くなった」と語る。これが「普段は見られないところまで見られる」という付加価値を生み出し、来場者が増える傾向にあるという。「三井寺展」では同様の工夫を施した結果「(仏像の)全身が見られる」と評判で、「阿修羅展」でも、360度どこからでも阿修羅像を鑑賞できるように工夫されていた。

ここ数年の間に開催された「仏像 一木にこめられた祈り」(読売新聞社ほか主催)「国宝 薬師寺展」(同)「三井寺展」「阿修羅展」を挙げて「国宝級の仏像の数々が多くの人の目に触れたことが、結果として仏像を人々に再認識させたのではないか」と、石川さんは推測する。

当分は続きそうな仏像人気。「ぜひ仏像に親しんでほしい」とした上で、石川さんは鑑賞の心構えとして「頭の片隅に、仏像が信仰の対象であるということを置いてほしい」と話した。

2012年5月15日火曜日

雇用の悪化に歯止めがかからなければ個人消費も伸びない

米労働省が4日発表した8月の雇用統計は、失業率が9・7%と0・3ポイント上昇し、26年2カ月ぶりの水準まで悪化するなど雇用情勢の厳しさを改めて浮き彫りにした。景気動向を敏感に反映するといわれる非農業部門の就業者数は減少幅を縮小するなど明るい兆しも見られるが、失業率10%の大台突破が目前に迫っており、米景気の先行きへの懸念は再び高まりそうだ。

就業者数の内訳を見ると、個人消費の低迷を受けてサービス部門全体で計8万人減と落ち込んだほか、自動車大手の経営破綻(はたん)の影響などで製造業が6万3000人減と不振だった。住宅市場の底打ち観測にもかかわらず、建設部門も6万5000人減と低迷した。

雇用の悪化に歯止めがかからなければ個人消費も伸びず、景気の本格回復は難しい。実際、米小売売上高は7月に0・1%減と3カ月ぶりに減少した。米国は年間1%超もの人口増があり、小売売上高の減少は数字以上の消費落ち込みを示している。

8月には米連邦準備制度理事会(FRB)が「景気見通しの下向きリスクは大きく後退した」と表明した。しかし、「雇用情勢の改善が明確にならない限り、景気の本格回復は期待できない」(米エコノミスト)との指摘もあり、米景気の先行きには依然として不安が残されたままだ。

2012年5月9日水曜日

内閣支持率が低迷する中の応援要請

民主党は今回の衆院選を、鳩山代表、岡田幹事長、菅代表代行の「3枚看板」を前面に出して戦っている。代表経験があり、知名度も高い3人の姿を示し、有権者に政権交代の可能性を実感してもらう狙いだ。一方の自民党では、参院議員で国民の人気が高い舛添厚生労働相への応援要請が殺到している。

鳩山氏は22日、自民党の町村信孝・前官房長官が出馬する北海道5区に入った。千歳市での街頭演説で、「相手は底力がある。厳しい戦いが最後まで続くと思うが、支援の輪をお願いしたい」と訴えた。岡田氏は22日、神戸市で街頭演説し、「天井が抜けて今までの閉塞(へいそく)感が取れて青空が見える、それが政権交代だ」と訴えた。

「自民党の大物議員を落選させることが政権交代の象徴だ」(選対関係者)と判断し、18日の公示日には自民党の古賀誠選挙対策本部長代理が出馬する福岡7区で第一声を上げた。

民主党は、自民党有力者の選挙区に加え、2005年の衆院選で惨敗した都市部の結果が全体の勝敗を左右すると見ており、鳩山氏が大阪、岡田氏が神奈川、菅氏が東京と3氏に担当地域を割り振っている。また、前原誠司副代表、野田佳彦幹事長代理らも手分けして応援に回っている。

党幹部は「かつては党内に勢いのある弁士が少なくて、遊説の割り振りなどは困ったものだが、今は顔ぶれがそろい、どこの新人候補からも引っ張りだこだ」とほくそ笑む。

一方、同じ代表経験者でも、小沢代表代行は「3枚看板」とは反対に街頭演説を控え、地方の選挙事務所を訪問して運動員らを激励するなど「裏方」に徹している。21日には秋田県湯沢市で連合秋田や社民党県連などを訪ね、民主党候補への支持を要請した。党関係者は「組織固めなどは小沢さんの得意分野だ。『3枚看板』と役割分担をしてもらっている」と語る。

対する自民党は、幹部や派閥領袖の多くが苦戦を強いられており、応援がままならない状況だ。自分の選挙はない舛添氏が、こうした有力者の応援に回るケースも増えている。

22日には、町村氏の応援で北海道5区などに入った。札幌市での街頭演説では、「北海道の農家と米カリフォルニアの農家を比べたら負けるに決まっている。(自由貿易協定は)対等条件では結べない」と民主党を批判した。

舛添氏にはのべ約250人の候補から応援要請が来ているという。全国を駆け回る舛添氏を、党内では「将来の総裁候補として認知させる狙いもあるのでは」と見る向きもある。麻生首相(自民党総裁)も応援に飛び回っている。22日には、兵庫県佐用町の豪雨被災地を視察後、同県と大阪府の計6か所で街頭演説や事務所回りを精力的に行い、「大変厳しい状況と言われているが、反応は間違いなくよくなってきている」と強調した。

内閣支持率が低迷する中、当初は「応援要請は少ないのでは」という見方もあったが、18日から22日までの5日間ですでに8都道府県の23か所を訪れた。応援日程は29日の投票前日までほぼ埋まっているという。

2012年4月23日月曜日

証券界に「日興買収の軍資金ではないか」との観測が駆け巡った。

米金融大手シティグループが傘下に持つ日興コーディアル証券の売却問題が大詰めを迎えた。20日に行われた第2次入札には国内3メガバンクが応札。早ければ月内にも売却先が決まる見通しだ。争奪戦の行方は、日興と親密な三菱UFJフィナンシャル・グループ、個人向け証券強化に意欲を見せる三井住友フィナンシャルグループの2陣営による「一騎打ち」の様相が強まっている。

顧客網に魅力

深刻な経営不振に陥ったシティは世界的なリストラの一環として今年1月、日興コーデを非中核事業に位置付け、2月には3メガバンクなどに買収の意向を打診する1次入札を行った。今回の2次入札で最高額を提示したところに優先交渉権を与え、詰めの条件交渉に入る。

旧日興証券が三菱系だったことから親密な関係にあり、最有力とみられている。3月には子会社の三菱UFJ証券が米金融大手モルガン・スタンレーの日本法人と統合することで合意。企業の合併・買収(M&A)仲介や社債引き受けで国内上位の体制を確保した。法人顧客の株式や社債、高度な金融商品を売りさばくためにも日興が誇る顧客網は魅力的だ。畔柳信雄社長は「前向きにとらえたい」と意欲を示す。

しかし、優位に立つと見られた三菱UFJにも暗雲が漂う。今月、三菱UFJ証券の顧客情報流出問題が発覚したためだ。企業の法令順守体制に敏感とされる米政府や米金融機関が入札に当たって三菱UFJに厳しい評価を下すとの観測も浮上している。

対抗馬として急速に存在感を増しているのが三井住友だ。今月9日に最大8000億円規模の増資を発表。証券界に「日興買収の軍資金ではないか」との観測が駆け巡った。

2012年4月3日火曜日

民主「国家戦略局」、10人程度の議員常勤

民主党は衆院選で政権を獲得した場合、首相直属機関として新設する「国家戦略局」と「行政刷新会議」の概要を固めた。 国家戦略局は中央省庁を指揮・監督する機関と位置づけ、10人程度の国会議員が常勤の局員として入る。政治主導を徹底するため、予算編成のほか、外交政策、官僚人事などすべての政府の意思決定に関与させる方針だ。

国家戦略局は、「鳩山政権」の「目玉」の組織となる。当面は任意の首相直属機関とするが、全容が固まれば、国家行政組織法などを改正し、政府の正式機関とする。国会議員のほか、有識者10人程度もメンバーとする方針だ。

教育再生懇談会のような首相の諮問機関を新政権でも設ける場合は、国家戦略局の下に配置する。首相はなるべく政策の最終決定だけにかかわり、日常的な調整は国家戦略局に任せることで、首相の負担の軽減を目指す。経済財政諮問会議は、国家戦略局と役割が重なるため、廃止する。

民主党は、中央省庁に「100人程度の政治家を送り込む」としており、各省庁の副大臣、政務官を数人ずつ増やす方針だ。副大臣、政務官にふさわしい人材は、国家戦略局が閣僚に推薦することにしている。

行政刷新会議は、予算の無駄排除や地方分権を進める組織とする。国会議員数人が主導、有識者や全国知事会など地方6団体の代表者らをメンバーとする予定だ。会議は各省庁の予算の点検などを通じ、政権公約(マニフェスト)を実現するための財源を見つけ出すのが最大の目的だ。国と地方の役割を見直し、中央省庁のスリム化も検討する。

鳩山氏は22日、北海道千歳市で記者団に、「政権をとった時、国家戦略局、行政刷新会議をつくることは決めた。しかし、それ以上は選挙中なので考えないことにしている」と述べ、当面の組織内容は衆院選後に決定する考えを示した。

2012年4月1日日曜日

日経平均株価など相場全体はほぼ横ばい

三井住友フィナンシャルグループと大和証券グループ本社の関係強化に向けた交渉が頓挫したことは、両社にとって大きな打撃となりそうだ。市場の見方は、大和の先行きに対し、より厳しいようだ。

大和証券SMBCの合弁解消が伝わった4日午前、東京株式市場で、大和証券グループ本社の株価は前日終値比5%前後下げた。日経平均株価など相場全体はほぼ横ばいで、三井住友も横ばい圏内で推移したのと対照的な動きだ。

市場関係者の間では、「大和は三井住友の後ろ盾を失うことで大きなハンデを背負った。将来の収益低下懸念が株価に反映している」(市場アナリスト)との声がある。

三井住友の法人顧客基盤を活用することにより、証券・債券の引き受けや企業の合併・買収(M&A)の仲介といった業務で利益を底上げしてきた。合弁解消で、今後は独力での顧客開拓が必要となる。

一方の三井住友にも痛手だ。米シティグループから買収した日興と、大和を組み合わせることで、最大手の野村ホールディングスに比肩する証券グループの形成を目指したが、その構想はいったん白紙に戻る。

日興の法人向け業務の態勢は、大企業向けのM&A仲介などで不十分な面もあり、早急に次の一手を打たなければ、証券業務の地盤沈下が避けられない。