競争の面でも協調の面でも、二一世紀の日本は二〇世紀後半に経済的に大成功をおさめた日本とは異なる在り方を要求されるだろう。経済大国には特権かある半面、責任もある。経済大国の動きには世界経済の行方を左右するだけの影響力かあるのだから。日本も世界経済を支援し改善していこうという意識を持たなければならない。こうした意味で、日本の膨大な貿易黒字はアメリカ、ヨーロッパ、韓国、あるいは台湾だけの問題ではなく、日本にしか解決できない世界経済全体の問題としてとらえるべきだろう。
日本が来る年も来る年も巨額の貿易黒字を重ねていったら、世界経済はいつまで機能できるだろうか。日本が世界じゅうの国々で資産をつぎつぎに買い占めていったら、世界経済はいつまで機能できるだろうか。誰にも具体的な数字はわからないが、永遠に続かないことだけは確かだ。日本に対して支払わなければならない配当や利息が膨らみ続ければ、そのうちに各国の支払い能力を超えてしまう。だが、こういう形でゲームの終わりが来る前に、世界の国々は自国の市場から日本を締め出すだろう。そうなれば、日本は世界経済の舞台で孤立してしまう。
しかし、日米貿易赤字が解消不能なほど大きくならないように、よその国が外から手を加えて日本を改造しようとするのは、まちがいだ。これは、当事国の日本にしかできないことだ。実務的にも政治的にも、よその国が手を下して日本を改造することは不可能だ。日米の貿易問題に焦点を合わせたものではないが、日米間の貿易交渉や一九九二年一月にブッシュ大統領が訪日した際の話し合いの内容を見ると、まちがいがたくさん目につく。アメリカ政府は、対米黒字を減らすために経済をこう改造しろああ改造しろと日本に指図すべきではない。
また、指図する立場にもない。日本の有権者が安い品物を欲しくないと言うのなら、それはそれで仕方がない。コメの値段が世界の相場よりはるかに高くてもいい、家が狭くてもいいと言うのなら、それはそれで仕方がない。日本の消費者がアメリカやヨーロッパや環太平洋の新興経済諸国で作られた製品を買いたくないと言うのなら、それはそれで仕方がない。日本の国民が消費生活水準をもっと向上させるために現在の経済システムを変えたいと思うのなら、彼らが自分たちで政治に訴えて希望をかなえるべきなのだ。
もちろん、日本の政策やビジネス慣行が原因で恒常的な貿易赤字を被っている国は、現状をなんとか変えなくてはならない。しかし、結局は自国の側で解決策を実行する以外に手はないだろう。対日赤字を解消するためには、自分たちの経済競争力を強化するか、日本の市場に参入するなんらかの手段を見つけるか、自国の通貨価値を下げるか、日本からの輸出攻勢を食い止めるかしなくてはならない。日本としては、事態を放置して相手国にそのような措置を取られた場合と、自分からすすんで貿易黒字を減らす対策を講じた場合と、どちらか打撃が小さくて済むか、考えてみたほうがいい。
日本からはっきりと頼まれないかぎり、いかに善意であっても。アメリカは公式にも非公式にも「日本はこう変わるべきだ」などと口出ししないことだ。第二次世界大戦は、はるか過去になった。二一世紀の日本のあるべき姿は、日本人が明快な手続きを経て自分たちの意思で決めていくだろう。第二次世界大戦直後にアメリカが描いて与えた日本の姿は、もう時代おくれだ。また、たとえ時代おくれでなくても、日本にとって自分の意思で決めた政治・経済体制のもとで生きていくことは、心理的に大きな意味を持つはずだ。
2014年10月13日月曜日
2014年9月12日金曜日
伝統的なアメリカ人の価値観
「オズの魔法使い」の最初の刊行から二〇年ほど前のことです。一八八〇年から九六年にかけて、アメリカでは物価が二三%も下がりました。当時、西部の農民の多くが、東部の銀行からの借金で開拓を行っていたため、農民は苦しみ、銀行などの産業資本は潤うことになりました。デフレではお金の価値が上がり、借金が膨らむことになるからです。当時はアメリカを含む多くの国々が、貨幣制度として金本位制を採用していました。金本位制とは、金を本位貨幣とし、通貨の単位価値と一定重量の金とが、金兌換(交換)・自由輸出入を通じて、等位関係で結びつけられている制度です。ざっくりいえば、一国のお金の価値が、その国がもつ金の価値で裏づけられている、ということです。
ちなみに現在は、一国の通貨の数量を、金の保有量などによって決めるのではなく、通貨当局(中央銀行)が通貨価値の安定、完全雇用の維持など、経済政策上の目標に従って管理する制度(通貨管理制度)がとられています。金の制約から自由になって、お金の量を決めることができるわけですね。話を戻すと、この強烈なデフレは、拡大するアメリカ経済に対して、金貨の供給が追いつかないことで発生したのでした。対策としては、金銀複本位制を採用して通貨の量を増やすしかありませんでした。金銀複本位制とは、通貨の裏付けとして、金だけでなく銀も用いる制度です。当然、金本位制に比べて通貨の発行量を増やすことができます。いずれにせよ、お金の量が金や銀の量で決まることに変わりありませんが。
実際、一八九六年のアメリカ大統領選挙では、これが大きな争点になりました。共和党のマッケンジー候補は金本位制を、民主党のブライアン候補は金銀複本位制を主張したのです。今日的な言葉でわかりやすくいいかえれば、共和党はデフレ政策を、民主党はリフレ政策(インフレにならない程度の物価上昇政策)を主張したというわけです。「オズの魔法使い」の登場人物に話を戻しましょう。まず「オズ=OZ」は金の単位であるオンスの略号です。主人公ドロシーは伝統的なアメリカ人の価値観を表しています。カカシは農民、ブリキの木こりは産業資本、ライオンは民主党のブライアン候補です。
最後にドロシーは、自分の家に帰る道を見つけるのですが、それは黄色い煉瓦道(金本位制)を単純にたどるものではありませんでした。自分の銀のスリッパ(金銀複本位制)の魔力でやっと帰ることができたのです。実際の大統領選挙では、共和党のマッケンジーが勝ち、金本位制が維持されました。それで、デフレから脱却できたのでしょうか?実は、一八九八年にアラスカで金鉱が発見され、さらに南アフリカからも金が持ち込まれるようになり、結果として十分な通貨量になりました。このため、一五年くらいでデフレ前の物価水準まで回復するような、マイルドなインフレになりました。単純に金本位制を維持したから、デフレが解消したというわけではなかったのです。
城山三郎氏の『男子の本懐』という小説があります。もう二〇年以上経ちますが、私か社会人になったとき、新人研修で同書の感想文を書くという課題が出されました。この小説は、昭和初期の世界大恐慌の中で、金解禁(金を自由に輸出する金輸出解禁のことで、金本位制への復帰のための措置)を断行した当時の首相・浜口雄幸と大蔵大臣・井上準之助の物語です。テレビなどでも取り上げられ、亡くなった小渕恵三元首相も好んでいたように、当時もいまも多くの人が好意的な印象をもっているでしょう。
ちなみに現在は、一国の通貨の数量を、金の保有量などによって決めるのではなく、通貨当局(中央銀行)が通貨価値の安定、完全雇用の維持など、経済政策上の目標に従って管理する制度(通貨管理制度)がとられています。金の制約から自由になって、お金の量を決めることができるわけですね。話を戻すと、この強烈なデフレは、拡大するアメリカ経済に対して、金貨の供給が追いつかないことで発生したのでした。対策としては、金銀複本位制を採用して通貨の量を増やすしかありませんでした。金銀複本位制とは、通貨の裏付けとして、金だけでなく銀も用いる制度です。当然、金本位制に比べて通貨の発行量を増やすことができます。いずれにせよ、お金の量が金や銀の量で決まることに変わりありませんが。
実際、一八九六年のアメリカ大統領選挙では、これが大きな争点になりました。共和党のマッケンジー候補は金本位制を、民主党のブライアン候補は金銀複本位制を主張したのです。今日的な言葉でわかりやすくいいかえれば、共和党はデフレ政策を、民主党はリフレ政策(インフレにならない程度の物価上昇政策)を主張したというわけです。「オズの魔法使い」の登場人物に話を戻しましょう。まず「オズ=OZ」は金の単位であるオンスの略号です。主人公ドロシーは伝統的なアメリカ人の価値観を表しています。カカシは農民、ブリキの木こりは産業資本、ライオンは民主党のブライアン候補です。
最後にドロシーは、自分の家に帰る道を見つけるのですが、それは黄色い煉瓦道(金本位制)を単純にたどるものではありませんでした。自分の銀のスリッパ(金銀複本位制)の魔力でやっと帰ることができたのです。実際の大統領選挙では、共和党のマッケンジーが勝ち、金本位制が維持されました。それで、デフレから脱却できたのでしょうか?実は、一八九八年にアラスカで金鉱が発見され、さらに南アフリカからも金が持ち込まれるようになり、結果として十分な通貨量になりました。このため、一五年くらいでデフレ前の物価水準まで回復するような、マイルドなインフレになりました。単純に金本位制を維持したから、デフレが解消したというわけではなかったのです。
城山三郎氏の『男子の本懐』という小説があります。もう二〇年以上経ちますが、私か社会人になったとき、新人研修で同書の感想文を書くという課題が出されました。この小説は、昭和初期の世界大恐慌の中で、金解禁(金を自由に輸出する金輸出解禁のことで、金本位制への復帰のための措置)を断行した当時の首相・浜口雄幸と大蔵大臣・井上準之助の物語です。テレビなどでも取り上げられ、亡くなった小渕恵三元首相も好んでいたように、当時もいまも多くの人が好意的な印象をもっているでしょう。
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