2015年1月16日金曜日

官邸の国会介入

ならば定数削減法案は、そんなに大事な法案なのか? そもそもリストラをうんぬんするくらいなら、二十人の定数削減でいくら金が節約できるのか、最初に計算してみる必要があろう。元朝日新聞編集委員で、政界事情に明るい石川真澄・新潟国際情報大学教授によると、国会議員一人当たりの直接経費は、一般に年間約七千万円といわれている。二十人なら、十四億円だ。二〇〇〇年度一般会計予算案の十万分の一・六にしかならない。ごくちっぽけな金額である。リストラの効果は知れている。同教授は、こう言っている。

「共産党が受け取りを拒否している政党助成金でも、二十八億円を超えます。そのお金は実質的に他の政党が山分けしている。全額を国庫に入れるだけでも、定数削減の倍の効果がある」(『週刊朝日』二〇〇〇年二月十八日号)

二十人の定数削減が、金銭的にたいしたリストラにならないことは、小渕首相も青木官房長官も、百も承知のうえだった。この二人がいちばん恐れたのは、法案の「冒頭処理」の約束を反故にしたら、自由党が「約束違反だ」として連立政権を離脱、小渕内閣が崩壊することだった。自由党を無理矢理連立政権に引き留めるためには、どうしても通常国会開会直後に法案を一気にあげるしか選択肢はなかったのだ。

こうして始まった定数削減法案の採決をめぐる与野党の攻防は、当時の新聞報道を総合すると、ほぼ次のような切羽つまっだものであった。最初の山場は、一月二十六日にきた。与党側は野党の反対を押し切って、まず衆院倫理・公職選挙法特別委員会で、法案の趣旨説明に続いて審議入りを強行。与野党間の調整に乗り出そうとした伊藤宗一郎衆院議長の「裁定」を無視して、与党だけの形式的な審議ののちいきなり採決を行った。

第二の山場となった二十七日は、官邸が前面に立って、正面から強行突破を図った。青木官房長官は国会に乗り込み、伊藤議長を電話に呼び出して、本会議開会のベルを押すよう強要。森幹事長に「議長のところへ行って勝負すべきだ」と迫った。青木長官に尻を叩かれて、議長室に駆け込んだ森幹事長は、「議長が本会議開会のベルを押さなければ、小沢自由党党首はきょうにも連立離脱を表明、自白公の枠組みが崩れる」と、泣きついた。

法案が二十七日、衆院本会議で与党三党によって単独強行採決され、参院に送付されると、官邸による議会介入は、一段とエスカレートした。翌二十八日、青木官房長官は斎藤十朗参院議長に電話をかけ、「冒頭処理は二月二日までのことだ」と猛烈な圧力をかけ、参院本会議を二日に開会させた。国会法を悪用して、地方行政・警察委員会の採決を省略したのだ。そして、本会議に中間報告を求める動議を提出して、突然強硬採決を図った。

同委員会の和田洋子委員長(民主党)は中間報告の中で、「このような行為は憲政史上かつてなく、参議院にとって大きな悪例として、汚点を残す以外のなにものでもない」と嘆いたが、後の祭りであった。こうして、定数削減法案は青木官房長官の思惑通り、二月二日の参院本会議で、オール野党欠席のまま可決、成立を見た。

連立政権維持という党利党略のため、国会法は破る。行政府が公然と立法府へ圧力をかけて、三権分立の原則を平然と犯す。これ以上露骨な官邸による議会介入はあるまい。定数削減法案の「冒頭処理」を強行した小渕連立内閣と自自公三党の暴挙は、まさに議会制民主主義の破壊そのものであった。