2014年9月12日金曜日

伝統的なアメリカ人の価値観

「オズの魔法使い」の最初の刊行から二〇年ほど前のことです。一八八〇年から九六年にかけて、アメリカでは物価が二三%も下がりました。当時、西部の農民の多くが、東部の銀行からの借金で開拓を行っていたため、農民は苦しみ、銀行などの産業資本は潤うことになりました。デフレではお金の価値が上がり、借金が膨らむことになるからです。当時はアメリカを含む多くの国々が、貨幣制度として金本位制を採用していました。金本位制とは、金を本位貨幣とし、通貨の単位価値と一定重量の金とが、金兌換(交換)・自由輸出入を通じて、等位関係で結びつけられている制度です。ざっくりいえば、一国のお金の価値が、その国がもつ金の価値で裏づけられている、ということです。

ちなみに現在は、一国の通貨の数量を、金の保有量などによって決めるのではなく、通貨当局(中央銀行)が通貨価値の安定、完全雇用の維持など、経済政策上の目標に従って管理する制度(通貨管理制度)がとられています。金の制約から自由になって、お金の量を決めることができるわけですね。話を戻すと、この強烈なデフレは、拡大するアメリカ経済に対して、金貨の供給が追いつかないことで発生したのでした。対策としては、金銀複本位制を採用して通貨の量を増やすしかありませんでした。金銀複本位制とは、通貨の裏付けとして、金だけでなく銀も用いる制度です。当然、金本位制に比べて通貨の発行量を増やすことができます。いずれにせよ、お金の量が金や銀の量で決まることに変わりありませんが。

実際、一八九六年のアメリカ大統領選挙では、これが大きな争点になりました。共和党のマッケンジー候補は金本位制を、民主党のブライアン候補は金銀複本位制を主張したのです。今日的な言葉でわかりやすくいいかえれば、共和党はデフレ政策を、民主党はリフレ政策(インフレにならない程度の物価上昇政策)を主張したというわけです。「オズの魔法使い」の登場人物に話を戻しましょう。まず「オズ=OZ」は金の単位であるオンスの略号です。主人公ドロシーは伝統的なアメリカ人の価値観を表しています。カカシは農民、ブリキの木こりは産業資本、ライオンは民主党のブライアン候補です。

最後にドロシーは、自分の家に帰る道を見つけるのですが、それは黄色い煉瓦道(金本位制)を単純にたどるものではありませんでした。自分の銀のスリッパ(金銀複本位制)の魔力でやっと帰ることができたのです。実際の大統領選挙では、共和党のマッケンジーが勝ち、金本位制が維持されました。それで、デフレから脱却できたのでしょうか?実は、一八九八年にアラスカで金鉱が発見され、さらに南アフリカからも金が持ち込まれるようになり、結果として十分な通貨量になりました。このため、一五年くらいでデフレ前の物価水準まで回復するような、マイルドなインフレになりました。単純に金本位制を維持したから、デフレが解消したというわけではなかったのです。

城山三郎氏の『男子の本懐』という小説があります。もう二〇年以上経ちますが、私か社会人になったとき、新人研修で同書の感想文を書くという課題が出されました。この小説は、昭和初期の世界大恐慌の中で、金解禁(金を自由に輸出する金輸出解禁のことで、金本位制への復帰のための措置)を断行した当時の首相・浜口雄幸と大蔵大臣・井上準之助の物語です。テレビなどでも取り上げられ、亡くなった小渕恵三元首相も好んでいたように、当時もいまも多くの人が好意的な印象をもっているでしょう。